日本の旅行市場がどれくらいの大きさかを調べると、26兆円台、9兆円台、6億人泊といった、桁も単位もばらばらな数字が同時に出てきます。どれも観光庁が公表している値で、どれかが間違っているわけではありません。違うのは、何を数えたかです。
先に結論を書きます。「旅行市場の規模」をひとつの数字で示している統計はありません。日本人の国内旅行と訪日外国人の支出は別々の調査で公表され、宿泊した人の数はさらに別の調査から、円ではなく人泊という単位で出てきます。事業計画や融資の説明資料に「市場規模は◯兆円」と書くとき、どの調査の、どの範囲の、どの公表段階の値なのかを添えないと、読んだ相手が別の資料の数字と突き合わせられません。数か月後に自分で見返したときも、どこから持ってきた値なのかが分からなくなります。
この記事では、市場規模として引用される統計にはどんなものがあるか、金額の柱になる二つの値がそれぞれいくらか、人数と金額の単位がどう食い違うか、旅行業者取扱額とサテライト勘定は何を測っているか、そして自分の宿の判断へ持ち込める範囲はどこまでかを、観光庁の公表資料の表記にそって整理します。確認できなかった項目は、推測で埋めずに記載がないと書きます。
「旅行市場の規模」をひとつの数字で示す統計は無い
観光庁の「観光統計・白書」のページには、統計が種類ごとに並んでいます。訪日外国人旅行者数・出国日本人数、旅行・観光消費動向調査、宿泊旅行統計調査、インバウンド消費動向調査、共通基準による観光入込客統計、旅行業者取扱額、経済波及効果、旅行・観光サテライト勘定です。この並びの中に「旅行市場規模」という名前の統計はありません。市場規模として引用される数字は、このうちのどれかから取り出したものか、いくつかを足し合わせたものです。
図に並べた四つは、数えている対象も単位も違います。同じ人の同じ一回の旅行が、消費動向調査では消費額として、宿泊旅行統計調査では延べ宿泊者数として、それぞれ別に数えられます。円と人泊は足せません。足し合わせられるのは、単位がそろっていて、しかも数えている対象が重なっていないものだけです。この二つの条件は、市場規模の数字を作るときにいちばん見落とされます。
金額の柱は二つ。別々の調査で公表されている
金額で市場の大きさを語るとき、材料になるのは次の二つです。2025年の年間の値を、公表された順に並べます。
| 調査 | 数えている対象 | 2025年の公表値 | 前年比 | 公表日 |
|---|---|---|---|---|
| 旅行・観光消費動向調査 | 日本人の国内旅行 | 国内旅行消費額 26兆7,746億円 | +6.4% | 2026年2月18日 |
| インバウンド消費動向調査 | 訪日外国人の日本国内での支出 | 訪日外国人旅行消費額 9兆4,559億円 | +16.4% | 2026年1月21日 |
金額の大きさと伸び率の高さが、別々の側に付いていることに注意してください。話題として流れてくる量はインバウンドのほうが多いのですが、2025年の金額では日本人の国内旅行が三倍近くあります。一方で前年比は訪日外国人のほうが高く、+16.4%です。「伸びているから大きい」でも「大きいから伸びている」でもありません。どちらを根拠にするかで、結論の向きが変わります。
そして、この二つを足した合計は、どちらの報道発表にも記載がありません。合計した値を資料へ書きたい場合は、自分で足したことと、足し合わせた二つの出典・対象年・公表段階を必ず書き添えてください。なお、日本人の海外旅行に関する金額は、今回確認した報道発表のどちらにも記載がありません。観光庁は毎年「観光白書」を国会へ報告しており、令和8年版では宿泊業の人材確保と生産性の向上が取り上げられていますが、数字を引用するときは、白書ではなく個別の統計の公表資料にあたるほうが、段階と対象を確かめやすくなります。
一年分の値をそのまま「いまの勢い」として使わないことも大切です。同じ発表に載っている2025年10-12月期(1次速報)の国内旅行消費額は6兆3,022億円で、前年同期比は−2.6%でした。年間値が前年比+6.4%でも、その中の四半期には前年を下回るものがあります。年計はならした値なので、直近の動きを語るなら四半期の値を使ってください。訪日外国人の側で総額と1人あたりが反対の向きに動く例は、訪日外国人の消費額はどこで確認するかにまとめてあります。
人数と金額は、別の単位で並んでいる
旅行・観光消費動向調査は、消費額のほかに人数と単価も公表しています。2025年年間値(速報)では、国内延べ旅行者数が5億5,366万人(前年比+2.5%)、国内旅行単価が48,359円/人(同+3.8%)でした。この単価は旅行一回あたりの支出であって、一泊あたりの宿泊料金ではありません。調査の対象は、住民基本台帳をもとに無作為に抽出した約2万9000人です。旅行をした側に聞いた回答から全国の値を推計しているので、宿泊施設の売上を集計したものではありません。抽出のしかたと使いどころは日本人の国内旅行はどれだけあるかで扱っています。
泊まった人の数は、宿泊施設の側から集める別の調査に出てきます。宿泊旅行統計調査の2025年年間値(速報値)は次のとおりです。
| 区分 | 2025年年間値(速報値) | 前年比 |
|---|---|---|
| 延べ宿泊者数 | 6億5,348万人泊 | −0.8% |
| 日本人延べ宿泊者数 | 4億7,561万人泊 | −3.8% |
| 外国人延べ宿泊者数 | 1億7,787万人泊 | +8.2% |
| 客室稼働率 | 61.8% | 記載がありません |
ここで、単位の違いが効いてきます。日本人の国内旅行消費額は前年比+6.4%でしたが、日本人の延べ宿泊者数は−3.8%です。金額が増えたことと、泊まった人が増えたことは別々に起きます。二つは対象も調査方法も違う統計なので、割り算や引き算で結び付けることはできません。それでも、「消費額が伸びた」という一言から「宿泊需要も伸びた」と読み替えるのは誤りだと分かります。宿泊の側の統計の読み方は宿泊旅行統計調査の見方にまとめました。
同じ発表には、施設タイプ別の客室稼働率も載っています。全体で61.8%ですが、内訳は次のように分かれます。
| 施設タイプ | 2025年の客室稼働率 |
|---|---|
| 旅館 | 38.4% |
| リゾートホテル | 56.9% |
| ビジネスホテル | 75.3% |
| シティホテル | 74.2% |
全体の61.8%という数字は、この幅の中の平均です。自分の施設の稼働率を全体値と比べても、施設の形が違えば意味がありません。なお住宅宿泊事業の届出住宅は、この調査の施設タイプの区分にそのまま並んでいるわけではないので、比較の相手として使うときは対象範囲を確かめてください。
旅行業者取扱額とサテライト勘定は、別のものを測っている
観光統計・白書のページには、金額を扱う統計がほかにも並んでいます。混同しやすい二つを取り上げます。
一つは旅行業者取扱額です。観光庁は、主要旅行業者の取扱額を毎月速報で公表しています。旅行会社を通った取引だけが対象です。宿へ直接入った予約や、仲介サイト経由の予約は含まれません。市場全体の規模として引用すると、実際より小さい数字を出すことになります。対象になる事業者の数は、このページには記載がありません。
もう一つが旅行・観光サテライト勘定(TSA)です。観光庁は、観光が「非常に裾野の広い産業であり、個々の産業に関する統計は整備されているものの、それらからは全貌を把握することが困難」であるとして、需要側と供給側の統計を統合する枠組みを置いています。統計表は令和2年基準で作成され、最新は2024年分です。第1表から第8表と参考表、第10a表から第10d表がエクセル形式で公開されています。金額はページ本文には出てこないため、数字が必要なら表を開くことになります。この記事では表の中身を確認していないので、TSAの数値は転記していません。
産業としての規模や、経済への波及まで見たい場合はTSAが対応する枠組みです。一方、宿泊事業の判断材料としては、四半期ごとに更新される消費動向調査と、月次で出る宿泊旅行統計調査のほうが早く動きます。目的で使い分けてください。
引用する前に確かめる四点
数字を資料へ書き写す前に、次の四つを一緒に書けるかを確かめます。
三点目の公表段階は、特に見落とされます。旅行・観光消費動向調査の統計ページには、年ごとの年間集計表が確報として並んでいます。報道発表で見た2025年の年間値は速報の段階なので、確報の集計表とは値が違う可能性があります。四半期の値にも1次速報と2次速報があり、あとから置き換わります。金額と一緒に「速報」「確報」と書き添えてください。書いておけば、数か月後に出典を開き直して値が合わなかったときに、誤りなのか更新なのかを判断できます。
四点目の期間も同じです。インバウンド消費動向調査は暦年、宿泊旅行統計調査は年、旅行・観光消費動向調査は年ごとの集計表と四半期という具合に、区切り方の呼び名がそろっていません。年度と暦年を取り違えると、比べているつもりの二つが別の期間になります。
民泊の判断へ持ち込めるところ、持ち込めないところ
最後に、ここまでの数字を実際に使う場面へ落とします。
持ち込めないのは、市場規模から自分の宿の売上を導くことです。26兆円にも9兆円にも、自分の物件がある地域の需要は入っていますが、取り出すことはできません。全国を合計した値だからです。売上の見積もりは、営業できる日数と定員の上限、そして自分の予約データから組み立てるものです。手順は民泊の売上予測はどう立てるにあります。
使えるのは三つです。一つ目は、自分が置いた前提が市場の向きから外れていないかの点検です。稼働や単価の前提を据え置いてよいかを、半年に一度、公表値と突き合わせます。二つ目は、施設タイプ別の客室稼働率です。旅館とビジネスホテルで倍近い開きがあることを踏まえれば、自分の施設をどの水準と比べるべきかを決められます。三つ目は、外国人の比率です。外国人延べ宿泊者数は1億7,787万人泊で、延べ宿泊者数6億5,348万人泊のおよそ四分の一にあたります。この割合は公表されている二つの値から計算したもので、報道発表には記載がありません。全国の平均でもあります。それでも、外国語の案内や決済手段の準備をどの程度優先するかを考える材料にはなります。国籍別の見方は国籍別の訪日客数の見方、人数そのものの数え方は訪日外国人数の推移をどう読むかにまとめてあります。
この記事に載せた数値は、上に挙げた観光庁の公表資料を確認日時点で転記したものです。年間値は確報へ、四半期の1次速報は2次速報へ置き換わります。同じ数字を次に使うときは、必ず出典のページを開き直してください。
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