退室後の点検で、洗面台にひびが入っている。扉の建具が外れている。鍋が焦げついて使えない。このとき真っ先に考えるのは「誰に払ってもらうか」ですが、先に動かさなければならないのは、お金の話ではないほうの線です。次の宿泊者はもう予約に入っていて、こちらには法令で求められた措置が残っています。
この記事は、破損を二本の線に分けて進めます。一本は復旧の線で、住宅宿泊事業法がこちらに求めている措置です。もう一本は請求の線で、民法が定める賠償の枠組みです。二本は別々の速さで動きます。請求が通るかどうかが決まるのを待っていると、復旧の線のほうが止まります。
先に、確認できなかったことを書きます。民泊で破損が年間どれだけ起きているか、修理や取り替えにいくらかかるかを集計した公的な資料は確認できませんでした(確認日 2026-10-28)。そのためこの記事に「相場」はありません。あるのは、金額を自分で組み立てるための枠と、それを求められる期限です。
もう一つ、言葉の向きをそろえておきます。民泊での「破損」には宿泊者がこちらの物を壊す向きと、こちらの設備で宿泊者の物が壊れる向きの二つがあります。この記事は前者を軸にしますが、ハウスルールの条項を扱う節だけは後者も関わるため、そこで区別して書きます。
壊れていると分かった時点で、線は二本に分かれます
同じ一件から、性質の違う二つの仕事が同時に始まります。片方はこちらの義務、もう片方はこちらの権利です。
二本を混ぜると、判断が止まります。「相手が払うと言うまで直さない」は、復旧の線の根拠が宿泊者との合意ではないため成り立ちません。逆に「直してしまったから、もう請求できない」も違います。直した事実は、請求する金額を説明する材料になります。
順番としては、左の線を先に進め、進めながら右の線の材料を集めます。写真を撮るのは、請求のためだけではありません。直す前の状態を残しておかないと、どこまでが今回の破損で、どこからが元からの傷だったのかを、自分でも説明できなくなります。
復旧の線は、宿泊者が払うかどうかと無関係に進みます
住宅宿泊事業法は、届出住宅について講じる措置を条文で定めています。壊れたものがその措置に関わるとき、復旧は宿泊者との話し合いの結果を待ちません。
法第5条は「住宅宿泊事業者は、届出住宅について、各居室の床面積に応じた宿泊者数の制限、定期的な清掃その他の宿泊者の衛生の確保を図るために必要な措置であって厚生労働省令で定めるものを講じなければならない」と定めています。法第6条は「非常用照明器具の設置、避難経路の表示その他の火災その他の災害が発生した場合における宿泊者の安全の確保を図るために必要な措置であって国土交通省令で定めるものを講じなければならない」です。
観光庁の民泊制度ポータルサイトは、衛生の確保の措置として、定期的な清掃や換気の実施、寝具のシーツやカバーなど直接人に接触するものを宿泊者が入れ替わるごとに洗濯したものと取り替えること、循環式浴槽や加湿器の適切な維持管理を挙げています。安全の確保の措置としては、非常用照明器具の設置と避難経路の表示を挙げています。
この並びを破損の側から読み直すと、壊れたものの性質で扱いが変わることが分かります。非常用照明器具や避難経路の表示が壊れた場合、それは備品が一つ減ったという話ではなく、条文が求める措置が欠けた状態です。循環式浴槽や加湿器も、置いた時点で維持管理が付いてくる設備として名指しされています。何を置くと何の義務が付いてくるかは民泊に必要な設備に、清掃の頻度の考え方は民泊の清掃にまとめました。
一方、装飾品や調理器具のように、条文の措置に直接かかわらないものもあります。これらは壊れたままでも法令上の措置を欠くわけではありませんが、次の宿泊者へ提供する状態をどうするかは、こちらが決める運用の話になります。「法令で直さなければならないもの」と「商品として直すもの」を分けておくと、急ぎの順番が決まります。
直すのが誰の業務かは、委託しているかどうかで決まります
同じ破損でも、手配をする人は運営の形で変わります。ここを先に確かめないと、連絡先を間違えます。
法第2条第5項は、住宅宿泊管理業務を「第五条から第十条までの規定による業務及び住宅宿泊事業の適切な実施のために必要な届出住宅の維持保全に関する業務」と定義しています。設備の維持保全は、衛生や安全の措置と並んで管理業務の中に入っています。そして法第11条第2項は「第五条から前条までの規定は、住宅宿泊管理業務の委託がされた届出住宅において住宅宿泊事業を営む住宅宿泊事業者については、適用しない」と定めています。
委託が義務になる場合も条文にあります。法第11条第1項は、届出住宅の居室の数が省令で定める数を超えるとき、または人を宿泊させる間に不在となるときに、住宅宿泊管理業務を一の住宅宿泊管理業者に委託しなければならないとしています。委託の範囲を分割できないことも含め、委託の形そのものは民泊の運営代行で扱いました。
このページには、破損の扱いに直接効く記載が二つあります。一つは定期報告です。住宅宿泊管理業者は住宅宿泊事業者の事業年度終了後および管理受託契約の期間の満了後に報告を行う必要があり、報告書には報告の対象となる期間、住宅宿泊管理業務の実施状況、届出住宅の維持保全の状況、周辺地域の住民からの苦情の発生状況を記載するとされています。維持保全の状況については、台所、浴室、便所、洗面設備の状態と、水道や電気などのライフラインの状態について報告を行う必要があると書かれています。壊れたのがこれらであれば、直した事実は報告の中に現れます。
もう一つは誇大広告等の禁止の例示です。住宅宿泊管理業者の責任に関する事項について、同ページは「実際の管理受託契約上は、住宅宿泊管理業者が宿泊者によって生じた損害について一切責任を負わないこととなっているにもかかわらず、家主に損害の負担が全くないかのように誤認させるようなもの」を挙げています。委託していることと、宿泊者が壊した分を委託先が負担してくれることは、別の話です。負担の所在は条文ではなく、管理受託契約に書かれています。壊れてから読むのではなく、契約の書面を今のうちに開いておく項目です。
請求の線は、二つの根拠のどちらを使うかから始まります
宿泊者へ求めるとき、民法には入口が二つあります。どちらを選ぶかで、条文が求める形も、期限も変わります。
| 見るところ | 契約の不履行として求める | 不法行為として求める |
|---|---|---|
| 条文 | 民法四百十五条第1項 | 民法七百九条 |
| 条文が置いている形 | 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるとき | 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者 |
| 条文のただし書 | 契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない | ただし書は置かれていない |
| 消滅時効の条文 | 民法百六十六条第1項 | 民法七百二十四条 |
| 期間 | 知った時から五年/行使することができる時から十年 | 知った時から三年/不法行為の時から二十年 |
民法四百十五条第1項は「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる」と定めています。宿泊の契約がある以上、こちらの物を壊さずに使うことがその契約の内容に含まれるかという形で組み立てる入口です。
民法七百九条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」です。契約の内容を読み解かずに、壊したという事実から組み立てる入口と言えます。
どちらで組み立てるのが適切かは、壊れ方と契約の中身によって変わります。この記事で断定はしません。実際に争いになる段では、条文の当てはめそのものが争点になります。金額が大きい、相手が応じない、相手が海外在住といった事情があるときは、弁護士などの専門家に相談してください。ここで押さえておきたいのは、入口が二つあり、選んだ入口によって次の節以降の枠と期限が変わるという点です。
金額の枠は、条文が二段で決めています
請求できる金額は、壊れた物の値段そのものではありません。民法は範囲と方法を別々の条文に置いています。
民法四百十六条第1項は「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする」、第2項は「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる」です。民法四百十七条は「損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める」と定めています。
ここから読めることが二つあります。一つは、賠償は金銭で額を定めるのが原則だということです。「同じ物を買って返す」ことを相手に求める形は、別段の意思表示があるときの話になります。もう一つは、通常生ずべき損害と、特別の事情によって生じた損害が、条文の上で区別されているということです。修理や取り替えの費用と、それに伴って動いた他の費用は、同じ列には置かれていません。
次の予約を断らざるを得なかった場合の扱いは、ここで迷うところです。条文は「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったとき」としています。予見すべきであったかどうかは、個別の事情で判断されるもので、一般の目安を書けるものではありません。予約で埋まっていた日に壊されたのか、空室期間だったのかで前提が変わります。
だからこそ、金額は材料の側から組み立てます。修理の見積書、取り替えた物の領収書、清掃を追加で頼んだ費用、断った予約の記録。これらを並べて初めて、どの金額がどの区分に当たるかを自分で説明できます。相場を調べてから請求額を決める、という順番にはなりません。
期限は二本あり、短いほうが先に尽きます
請求できる期間は、入口ごとに条文が分かれています。しかもそれぞれが二つの期間を持っています。
民法百六十六条第1項は、債権は「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき」または「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき」に、時効によって消滅すると定めています。民法七百二十四条は、不法行為による損害賠償の請求権について「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき」「不法行為の時から二十年間行使しないとき」を挙げています。
数字だけを見ると長く感じますが、実際に効いてくるのは短いほうの期間です。そして起算の時点は、こちらが点検して気づいた日とは限りません。条文の文言は「知った時」や「行使することができる時」であり、どの時点がそれに当たるかは事情によります。期間が残っているかどうかを自分で判断せず、気づいた時点で動くのが安全です。
もう一つ実務的な点があります。民法の期間が残っていても、仲介サイトの仕組みを使う窓口は、これよりはるかに早く閉じます。次の節で扱うとおり、そちらは日単位です。
請求先を特定できるのは、名簿を備えているからです
請求には相手が要ります。顔も名前も分からない相手には求められません。この点で、住宅宿泊事業法の義務が結果的に効いてきます。
法第8条第1項は「住宅宿泊事業者は、国土交通省令・厚生労働省令で定めるところにより届出住宅その他の国土交通省令・厚生労働省令で定める場所に宿泊者名簿を備え、これに宿泊者の氏名、住所、職業その他の国土交通省令・厚生労働省令で定める事項を記載し、都道府県知事の要求があったときは、これを提出しなければならない」と定めています。第2項は「宿泊者は、住宅宿泊事業者から請求があったときは、前項の国土交通省令・厚生労働省令で定める事項を告げなければならない」です。
この条文は、都道府県知事への提出を目的に置かれているものであって、損害賠償の請求のために作られたものではありません。それでも、氏名と住所を記載した名簿を備えていることが、泊まった人を特定できる状態を作ります。記載事項と保存の扱いは民泊の宿泊者名簿に、確認の方法は民泊の本人確認にまとめました。
名簿が整っていない状態で破損が起きると、請求の線は入口の手前で止まります。記録の不備は、壊れたあとに取り返せません。トラブルを相手別に並べた民泊のトラブルでも、備えの中心に記録を置いたのは同じ理由です。
仲介サイト経由では、先に閉じるのは事業者側の窓口です
仲介サイト経由の予約では、各社が独自に用意している仕組みを使えることがあります。これは法律上の権利とは別の層で、条件も期限も各社が決めています。
例として、Airbnbのヘルプセンターは「ホスト損害保証」のページで手続きを示しています。同ページは、まず写真や動画を撮影する、または修理もしくは清掃の見積書や領収書を入手するなどして、問題の記録を残すこととし、損害に対して責任を負うゲストのチェックアウトから14日以内に、問題解決センターで支払い請求を提出するとしています。ゲストは24時間以内に支払い請求に返答する必要があり、返答しなかった場合、一部金額のみ支払った場合、または支払いを拒否した場合に、ホスト損害保証に基づく請求へ進むと説明されています(確認日 2026-10-28)。
ここで効いてくるのが、最初の節で触れた「直す前に撮る」です。チェックアウトから14日という窓は、見積書を取り直している間に閉じます。相手と連絡が取れないまま待っていると、民法の期間は残っていても、この窓口だけが先に閉じることになります。
他の仲介事業者にも同種の仕組みがあります。ただし名称も対象も期限も各社で異なり、改定も頻繁です。自分が使っている仲介サイトの公式ページで、今の条件を確認してください。この記事では一社の記載を例として引いており、各社を比べたり順位を付けたりはしていません。
ハウスルールに書ける条項と、書いても無効になる条項
事前に備えるなら、文章で先回りしたくなります。ただし、書けば効くわけではありません。消費者契約法が、無効になる条項の形を定めています。
| 置こうとする条項 | 条文の扱い |
|---|---|
| 当方は宿泊者に生じた損害について一切責任を負わない | 消費者契約法第8条第1項第1号・第3号が無効と定める形に当たる |
| 当方の重大な過失による損害でも賠償は一定額までとする | 同第2号・第4号が無効と定める形に当たる |
| 備品の破損があった場合は一律の金額を申し受ける | 条文に個別の定めはなく、第10条の判断になる |
| 破損に気づいたら滞在中に連絡する | 条文に定めはなく、運用として置ける |
消費者契約法第8条第1項は、事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項、事業者の故意または重大な過失による債務不履行について責任の一部を免除する条項、債務の履行に際してされた事業者の不法行為について責任の全部を免除する条項などを無効としています。これはこちらが宿泊者に与えた損害の話で、宿泊者が壊した分の話ではありません。冒頭で分けた二つの向きのうち、後者に当たります。
では、宿泊者が壊したときに一律の金額を定める条項はどうか。消費者契約法第10条は、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものを無効と定めています。条文は無効になる形を示していますが、どの金額なら有効かという基準は置いていません。そのためこの記事に、使える条項の文例はありません。文例を載せると、その文面がどの施設でも通ると読まれてしまいます。
書けるのは、金額を決める条項ではなく、破損が起きたときに何をしてほしいかの案内です。滞在中に気づいたら連絡してほしいこと、連絡先がどこかということ。これは義務を加重する条項ではなく、復旧の線を早く始めるための運用です。ハウスルールのどこまでが説明義務の層で、どこからが任意の層かは民泊のハウスルールで分けました。
相場を書かなかった理由と、今日できること
この記事に修理費の目安が無いのは、調べ落としではありません。民泊における破損の発生件数や、修理・取り替えに要する費用を集計した公的な資料を確認できませんでした(確認日 2026-10-28)。設備の仕様も建物の築年数も地域の相場も施設ごとに違うため、他所の金額を自分の請求額の根拠にはできません。
代わりに残るのは、二本の線のそれぞれで今日できる準備です。復旧の線では、条文の措置に関わる設備がどれかを一覧にしておくこと。委託しているなら、管理受託契約の責任と免責の条項を開いて、宿泊者によって生じた損害の負担がどう書かれているかを確かめておくこと。請求の線では、名簿と記録の形を整え、仲介サイトを使っているならその窓口の期限を控えておくこと。
最後に、二本の線に共通する点を一つ挙げます。どちらの線でも、最初に効くのは壊れた状態の記録です。直す手配の根拠にも、金額を説明する材料にも、期限内に動くための出発点にもなります。撮り直しのきかない一枚なので、次の清掃から、入れ替わりの点検で何をどう撮るかを決めておいてください。
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